「永遠の別離(わかれ)」 「行くの?」 静まり返った暗がりから、唐突に声が響いた。 落ち着いた、深みを感じさせるメゾ・ソプラノ。 消えかけた灯りの中に姿を現した女性を見ても、声をかけられた方の男に動揺はない。 「別れの挨拶くらいすれば良いのに」 女性―――ロウェナ・レイブンクローは溜息混じりに呟いた。 そんな意見を要れる相手だったら、このような事態にはならなかったであろう事を知りつつも。 「今更何を言っても意味はない」 対して男―――サラザール・スリザリンは淡々と答えた。 隙間風に蝋燭の灯が揺らぐ。二人の影が、壁に踊った。 「全く二人とも頑固なんだから。まあ、いつかはこうなると思っていたけれどね」 やれやれ、というようにロウェナは肩を竦めた。 「止めるつもりではないのだろう?」 それは疑問ではなく確信。 どことなく近い考えを持っているからこその認識かもしれない。 「止めて止まってくれる貴方なら誰も苦労はしないわ。だけどね、貴方の方が物事を冷静に見られる目を持っているのだから、折れるべきではなかったの?」 再び溜息を混じらせて言い、ロウェナは既に過去形で語った。 ここ、ホグワーツからサラザールが去る事を前提とした、言葉。 「今回の事に関しては、折れるつもりはない。であれば、出て行くより仕方あるまい」 「ヘルガが聞いたら嘆くわよ?」 年下の、妹のように思う女性を思い浮かべ、ロウェナは軽くサラザールを睨む。 関係ない、と返ってくるかと思った返答は、ロウェナの予想とは異なっていた。 「…ヘルガにはすまないと思う。落ち着いたら手紙でも出すと伝え…」 「やりもしない事を口にしないでちょうだい。居場所を教える気などないくせに」 「ふっ、それもそうだな。では、ただすまなかったと伝えてもらおうか」 「嫌だと言っても無駄なのでしょう。良いわ。でも伝えるだけよ。その後の事には責任は持たないわ。彼女、本気で怒ると怖いもの」 ふい、と顔を逸らし、ロウェナは言った。 視界に映った空には、水の結晶がキラキラと淡い光を放って舞っていた。 ざわ、と樹を揺らし、風が吹いた。廊下に灯っていた蝋燭が、風に煽られ全て消える。 闇と共に、沈黙が二人の間に落ちた。 小さく靴音を鳴らし、サラザールは一歩踏み出した。 ホグワーツの外へ向かう方角、ではない方へ。 「思えばお前には聞いていなかったな」 他人が聞いても意味のわからない呟きを、サラザールはロウェナに投げた。 「ヘルガにも聞いた事を聞くつもり?それなら私の答えは“ノー”よ」 ロウェナはサラザールの瞳を真っ直ぐに見つめる。瞳に、微かな失望が見て取れた。 「お前は私の考えに近いと思ったのだが…見当違いだったか?魔法を使えるものに対する、マグルの仕打ちを忘れたわけではないだろう?」 「…確かに、貴方の意見には一理あると思うわ。人は、魔法使いであれ、マグルであれ、自分に無い力を持つ者に、この上なく冷酷になる。何もしていない者さえ憎み、陥れる事を身を護るためだと正当化さえする」 「だからこそ、マグルに魔法を教えるべきではないのだ。奴等はどうせろくでもない使い道しか思いつかんだろうよ」 「そうかもしれないわ。でも、あなたとは行かない」 張り詰めた空気の中で、ロウェナはきっぱりと言い切った。 『行けない』ではなく、『行かない』と。 「……お前ならもしや、と思ったが…やはり答えは同じ、か…」 既に諦めの入った口調でサラザールは呟く。 彼はヘルガ・ハッフルパフにも、同じ問いを投げかけていた。 「ホグワーツを捨て、共に行かぬか?」と。 「悪いけど、私、この場所が好きなのよ」 この場所、つまりホグワーツが好きだと。 四人で創り上げた、魔法使いの卵達のための学校であるここが。 「そうか。…では、私は一人寂しく行くとしよう」 皮肉気に微笑んで、サラザールは今度はホグワーツの門へと身体を向ける。 フードに飾られた、血の色をした宝石が、きらりと哀しげに光った。 「口喧嘩の末、貴方が出て行ったなんて知ったら、ゴドリックは顔を青くするわよ」 「それも良いさ。元気の塊のような奴には、たまには良い薬だろうよ」 「意地っ張り!」 最後まで憎まれ口を叩くサラザールの背中に、ロウェナは叫んだ。 高めの声が反響して、いつまでも響く。 本当はただの意見のすれ違いだけではなかったのだと知っている。 ゴドリックとサラザール。あれほど互いを信頼し、時に相対する事があってもいつも和解してきた彼らであるだけに、今回のサラザールの出立には、よほどの理由があるのであろう、と。 共に過ごしていたからこそ、わかる。 それでも、やはり仲間が離れていくというのは辛かった。 サラザールの消えた暗闇を、ロウェナはぼうっと見つめていた。 ふと、気配を感じて振り返る。 「ヘルガ…」 「サラザールはやっぱり行ってしまったの?」 目に涙を浮かべ、ヘルガは首を傾げた。 「ええ…。彼には彼なりの考えがある。それを止める事は誰にも出来ないわ。ゴドリックにも」 「わかってる。いつかはこうなるって、ずっと思ってた。でも、やっぱり悲しいよ」 言ってヘルガはロウェナに抱きついた。 幼い子供のようにしゃくりあげるヘルガの髪を、ロウェナは優しく撫でてやる。 「出会いがあれば、別れは必ずあるのよ…」 言い古された言葉を紡ぎつつ、やはりロウェナの瞳の端にも光るものがあった。 暗闇にそびえるホグワーツを一度振り返り、サラザールは呟いた。 「志を異にした友よ……さらば…」 その小さな呟きは、吹雪始めた雪と風だけが聞いていた。 城壁の一つに腰掛け、ゴドリックは去り行くサラザールを見つめている。 「…馬鹿やろう」 呟いた言葉には、苦味と哀しみが宿っていた。 こうして、ホグワーツから創始者の一人は去った。 この後の歴史は、彼について多くを語りはしない。 他の創始者の前に、二度と姿を現さなかった彼の心がどこにあり、何を思っていたかは、もう、誰にも知る事の叶わぬ事である。 END あとがき 以前描いたお絵描きの絵を元に、突発的にできた話。 ホグワーツを去りゆくサラザールです。 妄想いっぱい詰め込んでみましたv 単にサラザールとロウェナを会話させたかっただけとも…(まて) |
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